函館ハリストス正教会

正教会読み物 ~ 教会の位階について

『教会の位階に関する正教会の教え』という神学書がモスクワ総主教庁出版局から発刊されたのは2012年のことでした。

ここで言う「位階」とは、原語(ロシア語)では「иерархия(イエラルヒヤ)」となっていますが、神・聖神°に依って司られている教会の主教品のことです。

この本の冒頭、「刊行にあたって」の中で、キリル総主教聖下が述べられていることは、この本の発刊が今なぜ必要だったのか、という率直な理由を含めて示唆に富んでいます。

 以下は、その要旨和訳です。

キリル総主教聖下のメッセージより

ロシア正教会出版局及びロシア正教会教育委員会に依って『教会の位階に関する正教会の教え』が編纂され、発刊される運びとなった。実は、この本の必要性は、かなり前から指摘されていた。そしてテーマは切実である。

なぜならば、信徒が「公けなる使徒の教会」の神品の長に対して従順であることを教えられていない場合、時として自分の独善的な判断から、正教の道を踏み外す危険性があるからだ。

正教会の伝統においては、教会組織の中で最も重要な位置づけである主教品の権威は、然るべき秩序として護られてきた。

しかし現代の社会を見ると、教会の内外において、権威というものに対する正しい理解は危機にさらされている。往々にして、個人的な欲望を実現させる権力を権威とはき違えている。この誤りは多くの場合、傲慢がもたらすものである。

教会の権威に対する正しい理解は、教会内の調和と安定のために必要不可欠である。

エギペトの克肖者聖イサイヤは次のように言っている。

「自分が正しいと思い込み、自分の意思を押し通す人は、悪魔の罠から逃れることはできない。平安を得ることもできないし、自分に足りないものが何なのかも分らない」。

ロシアにおけるポスト・ソビエト時代の現代の特徴の一つとして、教会に来る人たちの中に、正統な教えの道を歩みたがらず、「宗教的独善」に走る傾向を持つ人たちがいる。彼らは往々にして、教会の権威に対して懐疑的である。

神に依って選立された主教職の奥義を知っていた真の長老たちは、いつの時代も常に従順謙遜に教会の判断に従った。なぜならば教会を愛していたからである。

主教も司祭も人間であるから、間違うこともある。しかし神は、たとえ間違っているように思える決定であっても、その決定に従順謙遜に聴き従った者を救う力を持っている。信仰に求められる従順謙遜とは、決して主教や神父の具体的な一人ひとりに対して求められるだけではなく、全ての神品の長である主イイスス・ハリストスに対して求められるものなのである。そこを間違ってはならないし、「一つの聖なる公けなる使徒の教会」を信ずるとは、そういうことなのである。

いかなる教会も主教品無くして存在することはできない。

教会はその成り立ちの最初から、秩序正しく組織された人間の集まりであった。秩序を無視した単なる群衆ではなかった。使徒があり、主教があり、使徒権の継承が連綿と続いてきた。

最後に聖使徒パウェルの言葉を以って、私のメッセージを終わりにしたい。

兄弟(けいてい)よ、我等(われら)(しゅ)イイスス ハリストスの()()りて、(われ)爾等(なんじら)(もと)む、爾等(なんじら)(みな)()(ところ)(おな)じくし、(かつ)爾等(なんじら)(うち)分争(わかれ)なく、(すなわち)爾等(なんじら)(こころ)(いつ)にし、(おもい)(いつ)にして(あい)()うべし」(コリンフ前書第1章10節)。

 

(函館ハリストス正教会報2016年12月・2017年1月号より)

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